【CMSC青森】
第20回V-RALLY インターナショナル 日本アルペンラリー 観戦レポート
CMSC青森 鶴ケ谷慶市会長の観戦レポート
■ 懐かしのアルペン
「日本アルペンラリー」昔懐かしい響きの好いラリーである。若かりし頃(今でも若いと自分では思っているが・・・)、超あこがれのラリーであり、第何回かは忘れたが2回ほど神宮外苑絵画館前からスタートし、あの乗鞍の極悪路を走った記憶がある。当時地方に住むラリー屋は日本アルペンラリーに出場することは夢であり、そのことを目標にラリーをやっていたと言っても過言ではなかったと、小生は今でも思っている。途中事故により開催されなくなった、あの「日本アルペンラリー」が、昨年から日本初の国際格式のラリーとして復活した。
最初聞いた時は本当かよ???の思いであったが関係する多くの方々の熱意と努力により、ついに復活したのだ。格式やラリーの形態がどうであれ、とにかく懐かしく嬉しかった。関係者には心から感謝したい。
■ まずは前祝い
昨年はクラブの椛沢・工藤と私の3人で観戦、群馬の山中に中年オヤジの津軽弁を響かせたのであるが、今年は小生が一人青森を出発、北軽井沢の山小屋をHQに3日間のアルペンラリー観戦となった。
CMSC青森には東京孫支部?があり、観戦スケジュールは孫支部の数回による打ち合わせ(と称して飲み会らしい)を開き中身の濃い充実した観戦となる予定だった。が、前祝がいけなかった。明日のラリーはどうだこうだの盛り上がりが深夜に及び、翌日早朝4時起きの時点では、とりあえすアルコール分の検出されない者が運転することにした。山小屋を出発し途中コンビニで食料を調達、といっても私は水分中心となってしまった。SSの行われるコース近くまで自分達の車で行くことができ、駐車場から数分歩いて観戦できるのも、ゲストバスを手配してくれたラリーアートの須賀氏のおかげでした。一同感謝感謝。
■ 第1レグ
今回のラリーにはCMSC千葉の丹羽選手が出場しており、CMSCの同志として応援しなければと思い、元プロカメラマン難波氏のアドバイス?を受けながら待ち構えていたが、残念ながら我々のいるコーナーにはついに勇姿をあらわさなかったのである。しかし他のラリー車が思いっきりコーナーを攻めていく走りにはオジさんラリーストも、もう一度走ってみたい思いであった。
SSの次は、国際格式のサービスも見ようということで、藤岡のサービスポイントへ車を走らせた。さすがインターラリーともなると規模がちがうし整然としたサービス会場である。ギャラリーもサービスが目の前で見ることができる等工夫しているのである。会場脇の道路沿いには一般の方も大勢いてラリー車に手を振る等、心よく迎えている感じを受けた。少しずつでもラリーに対する理解と応援してもらえれば日本のラリーも国際レベルになっていくのではと思う。
また、サービス会場では本部会長の木全氏とばったり会った。いきなり「鶴さん電車に乗る時は行く先を確認してから乗れよ!」といわれ(詳しい内容は別の機会にします)同行のメンバーにボケたのかと冷やかされっぱなしでした。サービス会場には懐かしい人がたくさん居るのもまた楽しい。20数年ぶりにあった岩下良雄氏とは昔、北海道のラリーで一緒に走ったことなどを話して本当にラリーに関係していてよかったと思う。
秋の一日は短く観戦メンバーは山小屋でのディナーパーティーに心を移し、早々とHQに引き上げたのである。2日日の夜はゲストを交えて7名による、ささやかな宴となった。ラリーもいいけど・・??もまた良しである。友好を深め北軽の夜は更けていくのであった。明日の予定も忘れて・・・・。
■ 第2レグ、そして...
最終日、予定ではSS1本とサービス会場だったが、前夜の友好親善宴の会の後遺症により、HQ近くのサービス会場のみとなつてしまった。帰りの時間の閑係で表彰式までは見てこれなかったが、今回はそれなりに意義のある観戦??となった。国際ラリー(北海蓬を含み)の盛り上がりが、日本ラリー再生に大きく貢献することを祈り、2002年日本アルペンラリー観戦記とする。
そして、CMSCの同志達よ、我々が一緒に力を合わせ、これからもラリーを盛り上げていこうではないか。
(CMSC青森 鶴ケ谷 慶市)
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